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Fではないところ

Fではありません。

日記7

3/16

旅。友人のところへ泊めてもらう。

 

3/17

引き続き友人と過ごす。躁鬱の考え方や話を聞かせてもらった。子どもの頃の話、人生のレースの話、恋人の話、来年の話、再来年の話。穏やかな一日だった。帰宅。

 

3/18

再び遠出。自分の自然状態について考える。そわそわして上澄みで話しているようで嫌な感じだ。この人は敏いので多分ばれている。

映画『We are X』を鑑賞。いつまでも大切な物を自分で背負っていける人間になりたいと思った。

訪れつつある変化を消化できない。不安でもある。上澄みなのはこのせいか?自分の中の音楽がずっと騒いでいるので訳が分からなくなって涙を流す。明日の朝は貰った団子を食べると決めたので、スマートフォンの灯りを落としたら速やかに穏やかに寝たい。助けてくれ。

まだ存在しない不安を想像する事など意味がない。なぜつらいと言わなければならないのか?意味が無いことはそれなりに理解をしているつもりなので問題は「なぜ想像したくなるのか?」である。想像の海に沈みつつあるのでスマートフォンを消灯。

 

そう言いながら消灯せず、不意にきのこ帝国を開いてしまい、一音目、一言目で涙が溢れてきたので慌ててやめた。動きの最初に弱い。舞台が始まり機構が動き出した瞬間、アーティストがコードをお試しのように一つかき鳴らした瞬間、いつも泣いている。生きているから許してくれよともう良いだろうが混濁。生きていても許されるだろうか。