日記26

緊急事態宣言が出てしばらく経ち、事態は落ち着き始めたように見えたが、未だ解決しておらず、

しかし私はいつも通りに出勤する毎日だった。仕事は相変わらずなのに「新しい生活様式」で過ごす事を"推奨"され、そこから逃げるようにコンビニの駐車場でお昼を食べた。

政治の話が活発になったのは良い事だと感じるが、調べても主張するに至らないくらいの度胸で、活発が攻撃に転じている人達が怖かった。

いつも通りのツイートをして、何も起こっていないようなふりをして、粛々と暮らしていた。

 

週末、ひと月ぶりに配偶者に会いに行った。我々はもうすぐ一緒に暮らし始める。そして9月に結婚式を挙げる予定だった。

縮小か延期か中止か、決断のタイムリミットが迫っていた。

分厚い玉子焼きをつつきながら、あ、と何でもないように声を上げて、結婚式どうする、と何でもないように話した。日曜日で、よく晴れていて、遠くの山が綺麗だった。

 

我々は縮小して開催することにした。

入籍から既に時間が経っていてこれ以上遅くしたくないこと、家族・親族のためにも開催したいこと、何よりこれまでの衣装選びや楽しかった時間を0にはしたくなかったこと、が理由だ。

両家の家族・親族のみとするつもりだが、遠方の人も多く、本当に呼べるのかは分からない。招待状を出されてしまったら断りづらいだろうし、不安の残る中で楽しんでもらうことができるのかと葛藤がある。式場の方と話して考えを変えるかもしれない。だが、我々はひとまずそう決めたのだ、という事実はきっと大きい。

 

家に帰ってから、両親と話して、母の日のプレゼントを渡したりして、アイスを食べて、いつも通りのツイートをして、明日は仕事だからなあと思いながら22時半には配偶者におやすみを伝えて、

それから全然寝れなかった。

縮小を決めたとき、私はやっぱり悲しかったのだ。元々結婚式には憧れを抱いていなかったはずなのに、その程度では救えないくらいにもう思い入れがあったみたいだった。楽しみにしてると言ってくれた大事な人達の顔が浮かんでは消えた。

2人暮らしに向けて揃えたいものを調べて、カートに入れて、ツイッターを見て、ゲームをして、顔を洗って、また布団に入って、ツイッターを見て、

友人のネイルをしたらしいツイートを思い出した。これだ。この寝る努力すらしていない無益な時間に、やろうと思ってずっとできていなかったことを。

iPhoneのライトで照らしながら、足の爪を塗った。これでまた乾くまで寝れない。

 

朝5時にこれを書いている。今日は月曜日だ。

 

日記25

12/28

私は私が書く文章が嫌いだった。でも読み返して嫌になって即削除するようなことは減った。私に対して寛容になったのかもしれない。

 

今日は友人と会った。もっと言葉を扱える人になりたいと思った。

 

本ばかり読んで、会話を避けて生きてきたので、会話のための語彙が少なかった。大人になって本を読むことが減ってからは、更に語彙が減ってしまって、語る言葉を持たなくなった。

思考を整理することが苦手になった。上手く表現できないからと会話を諦めることが増えた。まれに自分から話し始めては、分からなくなってへらへら笑って終わりにしてしまう。そんな人間に育てたつもりはない。

 

わたしみにしがみついて生きたい。

日記24

12/16

それからの話である。

WACKに興味を持ったり、マキシマム ザ ホルモンの『予襲復襲』のトレーラーを5年間見続けた末に新刊発売のタイミングでようやく買ったり(鬱くしき人々が好き)、仕事で頭痛に悩まされたり、今年出会った尊敬できる先輩から転職を打ち明けられたり、私。さんの踊りを見に行ったり、クソカワPARTYのファイナルに行ったり、SAKANAQUARIUMでぶち上がったり、Perfumeのアルバム『future pop』でぶち上がったり、『TOKYO GIRL』にグッとくるようになったり、音のアーキテクチャ展に二度足を運んだり、やたらメジャーなアーティストのドーム公演に連れて行かれカルチャーショックを受けたり、友人の出演する舞台で背中に紙吹雪を浴びたり、少しだけ仕事をうまくやれるようになったが相変わらずミスばかりで、小説と漫画を少しづつ読んで、

日常をする時間が少ない割には、カルチャーに頭から突っ込みまくる時間だった。

日常をする、というのは大切なことで、私にとってはシャツにアイロンをかけるとか掃除をするとか椅子の背中に乗せているうちに層になった上着たちをどうにかするとか、そういう生活の基礎なのだけれど、まあ全然できず自己嫌悪に陥り、

その自己嫌悪を回避するためにこそ、日常をする時間は大切なものだった。

カルチャーまたは怠惰(主に後者)から日常に帰る気になった頃にはもう日曜日の19時過ぎで、そこからようやく片付けを始め、就寝するまでの数時間だけが最適な環境であり、

月曜日の朝には、部屋の隅に乾いた洗濯物が積み重なり始めるのだけれど、

まあ、いいか。

という気持ち、とりあえず目を背けるという技法を手に入れたので、罪悪感は週末に片付けて、元気に生きている。

物の捉え方が変わった一年だった。楽しかったから、いいか。

日記23

6/26

朝方に目が覚めてから1時間寝付けず、結局30分寝坊をした。しかし予定通り家を出た。よって自分を褒めても良しとする。

『女生徒』を読む。語るような思考がそのまま文章にされたようで、さらさらと流れる女生徒の醜く美しくただの人間の心が鏡のようだった。この誰にも覚えのあるだろうさらさらを形に残した彼や、この手中に至るまでの技術の進歩に感謝をしたい。次は知り合いが酷評していた『I can speak』か『グッド・バイ』を読もうと思う。

21時、ハロプロの新体制発表…というか加入先発表だった。動画を見ながら、つらつらと文字を書いた。技術の進歩に頼っていると、いざという時に痛い。

 

6/24

太宰治の作品で一番好きなのは『斜陽』。 

朝から情報過多だったので読書は控えた。共感性に欠けるという話をした。人が側にいるというプレッシャーに弱い。少し疲れるが良い事があったので即元気。

 

10/26

安定した人になれず、今日である。たくさん仕事をした。生きている。

めいいっぱいの余りが言葉の出力であるから、少しこの環境に慣れたのかもしれない。自分を飾りたてながら生きたい。

黙っていると喋りが下手になる。書かずにいると語彙が減る。という体感。

日記22

6/21

安定した人になりたい。

 

6/23

色々な人と話せた日だった。交流する事は苦手だと思っているが、気を遣えない自分に気付いてしまうのが嫌なだけであって、愛想を振りまくのは嫌いではないのだと思った。相手が笑顔をくれた瞬間、存在を許された気分になる。

酔っ払いながら人と電話をした。

 

6/24

堕落。睡眠。よく汗をかく。

 

6/25

昨日を取り戻すように出かけた。自分のためにお金を使いたい気分だったので、本を買い、服を買い、ようやく仕事用のワイシャツを買った。夕方久しぶりにウクレレを弾きながら、出かけたいなあと考えていた。

 

小沢健二 - 流動体について - YouTube

「だけど意思は言葉を変え 言葉は都市を変えていく」